錐体外路症状(すいたいがいろしょうじょう)とは、脳の運動調節システムである錐体外路系に異常が生じることで現れる、さまざまな運動機能障害の総称です。手足の震え、筋肉のこわばり、動作の遅さ、意図しない体の動きなど、日常生活に大きな影響を与える症状が含まれます。この症状はパーキンソン病のような神経疾患だけでなく、抗精神病薬をはじめとする薬剤の副作用としても生じることがあり、幅広い年齢層の方に関係する重要な医学的課題です。本記事では、錐体外路症状の基本的な仕組みから代表的な症状の種類、原因となる疾患や薬剤、そして治療法や日常生活での注意点まで、専門的な内容をわかりやすく解説いたします。ご自身やご家族に気になる症状がある方、また医療や介護に携わる方にとって、錐体外路症状への理解を深める一助となれば幸いです。

目次
- 錐体外路症状とは何か
- 錐体外路の仕組みと役割
- 錐体外路症状の分類と代表的な症状
- パーキンソン症候群(パーキンソニズム)
- ジストニア
- アカシジア
- ジスキネジア
- 錐体外路症状を引き起こす原因
- 薬剤性錐体外路症状について
- 錐体外路症状の診断方法
- 錐体外路症状の治療法
- 日常生活における注意点とケア
- よくある質問
錐体外路症状とは何か
錐体外路症状とは、脳の錐体外路系と呼ばれる運動調節システムに障害が生じることで現れる、さまざまな運動機能の異常を指します。私たちの体には、自分の意思で体を動かす「随意運動」と、姿勢の維持や細かい動きの調整、バランスを取るといった「不随意運動」が存在しています。錐体外路系は主にこの不随意運動や運動の調節、姿勢の維持に関わる神経経路であり、私たちが意識することなく滑らかで協調的な運動や安定した姿勢を保てるように調節しています。
錐体外路症状には、運動過少を呈するものと運動過多を呈するものの2種類があります。運動過少を呈する症状としては、筋肉のこわばり(固縮)や動作の遅さ(無動・寡動)があり、パーキンソン病やパーキンソン症候群でしばしば認められます。一方、運動過多を呈する症状としては、手足の震え(振戦)、舞踏運動、アテトーゼ、ジストニアなどがあり、これらはしばしば不随意運動として扱われます。
錐体外路症状を呈する代表的な疾患はパーキンソン病ですが、脳血管障害や薬剤の副作用としても生じることがあります。特に抗精神病薬などの薬剤を服用している場合には、薬剤性錐体外路症状として発現することがあり、注意が必要です。自分の意思とは関係なく症状が出現し、不随意運動による症状と筋緊張の異常を認め、明らかな運動麻痺がないことが特徴的です。
錐体外路の仕組みと役割
錐体路と錐体外路は、どちらも体の運動に関わる情報を伝える神経回路です。錐体路は脳の運動野から発生し、脊髄を通って体の筋肉へ達する経路であり、自分の意思で体を動かそうとするときに運動の指令は主にこの錐体路を通ります。脳卒中などで体が麻痺して自分の意思通りに動かないのは、錐体路が障害されている状態です。
一方、錐体外路は姿勢を維持するための筋肉の緊張や平衡感覚など、体が反射的に行う運動の情報を伝えます。私たちは立ち上がる、歩く、座るなどあらゆる動作で無意識のうちにバランスをとり動作を調整していますが、錐体外路はこのような無意識の運動調節を担っています。
錐体外路系は、脳の中でも主に以下の部位が複雑に連携して働いています。大脳基底核は運動の開始や抑制、細かい動きの調整、習慣的な運動の学習に関わり、尾状核、被殻、淡蒼球、視床下核、黒質などの構造体から構成されます。特に黒質で作られるドーパミンという神経伝達物質が、大脳基底核の働きに重要な役割を果たしています。また、脳幹には姿勢反射や平衡感覚など、基本的な運動機能や生命維持に関わる重要な神経核や経路が含まれ、赤核、網様体、前庭神経核などが錐体外路系に関与しています。
大脳皮質から受け取った運動指令は、ハイパー直接路、直接路、間接路という3つの経路を通って淡蒼球内節に伝えられ、運動を調節します。これらの経路のバランスが適切に保たれていることで、私たちはスムーズな運動を行うことができます。しかし、黒質のドーパミン神経細胞が減少してドーパミンが不足すると、このバランスが崩れ、パーキンソン病などの錐体外路症状が発症します。
錐体外路症状の分類と代表的な症状
錐体外路症状は、脳内の神経伝達物質の異常によって引き起こされる運動障害であり、大きく分けて「運動減少症状(筋緊張亢進)」と「運動過多症状(筋緊張低下)」の2つに分類されます。原因となる脳内神経伝達物質にはドーパミンとアセチルコリンが関連していると考えられており、ドーパミンはD2受容体の遮断や減少によって、アセチルコリンは増加することによって錐体外路症状が現れます。関連する脳部位は、黒質、線条体(尾状核、被殻)、淡蒼球、視床、大脳皮質、脊髄です。
運動減少症状(筋緊張亢進)には、筋固縮、寡動、無動と呼ばれる症状が現れます。筋緊張が亢進してしまい、自分の意思とは関係なくパーキンソン症状のように動作が緩慢になってうまく動かなくなったり、抵抗が強くなり動かなくなることがあります。これらの症状はパーキンソン病やパーキンソン症候群の特徴的な症状として知られています。
運動過多症状(筋緊張低下)には、振戦(ジスキネジア)、舞踏運動、片側バリズム、アテトーゼ、ジストニアと呼ばれる症状があります。筋緊張が低下してしまい、自分の意思とは関係なく絶えず歩き回ったり、無意識に口が動いたりすることがあります。これらの不随意運動は日常生活に大きな支障をきたすことがあり、適切な治療と管理が求められます。
代表的な錐体外路症状としては、パーキンソン症候群、ジストニア、アカシジア、ジスキネジアなどがあり、それぞれ特徴的な症状と発症メカニズムを持っています。以下では、これらの主要な症状について詳しく解説いたします。
パーキンソン症候群(パーキンソニズム)
パーキンソン症候群は、パーキンソン病と類似した症状を呈する状態の総称であり、振戦(手足の震え)、固縮(筋肉のこわばり)、無動・寡動(動作の遅さ)、姿勢反射障害(バランスの悪さ)を主要な症状とします。これらの症状のうち2つ以上を有する場合にパーキンソニズムと呼ばれ、錐体外路症状の代表的な病態として知られています。
振戦は主に手や指に現れる規則的な震えであり、パーキンソン病では安静時に片側性に出現することが多いとされています。一方、薬剤性パーキンソニズムでは動作時に両側性に出現することが多いという特徴があります。筋固縮は筋肉が硬くこわばる状態であり、関節を他動的に動かそうとすると歯車様の抵抗を感じることがあります。無動・寡動は動作がゆっくりになり、特に動作の開始に時間がかかる状態を指します。歩行がゆっくりになり前かがみの姿勢になって転びやすくなったり、顔が無表情になったりすることもあります。
パーキンソン病は、脳内のドーパミンが不足することにより大脳基底核と呼ばれる脳領域の神経活動に異常が生じて発症します。国内で継続的にパーキンソン症候群の治療を受けている患者数は、厚生労働省が公表した統計によると約28万9000人と報告されており、65歳以上が全体の約9割を占めています。高齢者に多く見られる疾患であり、今後さらに患者数が増加すると予想されています。
薬剤性パーキンソニズムは、薬物が原因で発症するパーキンソン病様の症状であり、原因薬剤を減量または中止することで症状が改善することがあります。抗精神病薬、一部の吐き気止め薬、降圧薬などがその原因となりうることが報告されています。
ジストニア
ジストニアは、筋肉が不随意に持続的に収縮することで異常な姿勢や運動を引き起こす運動障害です。大脳基底核の一部におけるドーパミンの機能低下が原因と考えられており、ジスキネジアのようなくねくねした運動ではなく、姿勢異常や全身あるいは身体の一部がねじれたり硬直、痙攣といった症状が現れます。
ジストニアの特徴として、姿勢異常や運動がパターン化されており、日によって動きが変わることは少ないという点があります。常に同じ動きをする「常同性」、ある動作をきっかけに症状が出る「動作特異性」、起床時には症状が軽い「早朝効果」、感覚的な刺激によって症状が軽くなる「感覚トリック」などの特徴が知られています。
急性ジストニアは、薬剤投与開始後数時間から数日以内に出現する最も早期の錐体外路症状です。眼球上転(眼球が上を向いたままになる)、舌突出、頸部の捻転(斜頸)、後弓反張などの不随意運動が特徴的で、若年男性に多く見られます。突然発症するため患者の不安が強く、速やかな対応が求められます。
ジストニアには、発症部位によって局所性ジストニア(体の一部分に限局)、分節性ジストニア(隣接する複数の部位に発症)、全身性ジストニア(全身に広がる)などの分類があります。また、原因によって遺伝性のもの、特発性(原因不明)のもの、外傷や薬物の副作用などによる二次性のものに分けられます。遅発性ジストニアは抗精神病薬の長期使用後に発症することがあり、顔面や頸部に多く見られ、頸部後屈を認めることがあります。
アカシジア
アカシジアは、内部から湧き上がるような強い不安感や焦燥感があり、じっとしていられないという症状を特徴とする錐体外路症状です。座ったり立ち止まったりすることが困難で常に動き回りたくなり、動かずにはいられないという強迫的な衝動を伴います。「静座不能症」とも呼ばれ、主観的な落ち着きのなさと客観的に観察される過剰な運動が特徴です。
アカシジアの具体的な症状としては、座っているときに脚を絶えず揺らす、室内や狭い範囲を行ったり来たりする、一箇所にじっとしていられず頻繁に立ち上がったり座ったりする、立っているときに身体を前後や左右に揺らすなどがあります。特に下肢に症状が集中することが特徴的です。
厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアルによると、アカシジアは主にドーパミン遮断薬により発現し、その中止ないし減量、あるいは中枢性抗コリン薬の併用などにより症状は軽減ないし消失するとされています。その発生頻度は定型抗精神病薬では20から40パーセントと報告されていますが、錐体外路症状の軽減を図って開発された非定型抗精神病薬でも発生頻度はそれほど減っていないという指摘もあります。
アカシジアの原因ははっきりと解明されていませんが、錐体外路に関わる中脳のドーパミン遮断作用が関与していると考えられています。神経遮断薬などの医薬品投与を開始後または増量後、あるいは錐体外路症状を治療する医薬品の減量後2から3週以内に発現することが多いとされています。
ジスキネジア
ジスキネジアは、口や舌、顔面、手足などが不規則に動き回る不随意運動を特徴とする錐体外路症状です。繰り返し唇をすぼめる、舌を左右に動かす、口をもぐもぐさせる、口を突き出す、歯を食いしばるなどの症状が主に口唇付近に出現することが多く、もともとは口唇ジスキネジアと呼ばれていました。その後、全身症状も併発することが知られるようになり、手が勝手に不規則に動く、手指を繰り返し曲げ伸ばしする、立ったり座ったり同じ動きを繰り返す、体幹がくねくね動いてじっとしていられないなどの全身症状を含めて広義のジスキネジアと呼ばれています。
ジスキネジアには、L-DOPA誘発性ジスキネジアと遅発性ジスキネジアの2つの主要なタイプがあります。L-DOPA誘発性ジスキネジアはパーキンソン病治療薬であるL-DOPAを長期間服用することで生じ、神経内科領域で主に扱われます。遅発性ジスキネジアは抗精神病薬を長期間服用することで生じ、精神科領域で主に扱われます。どちらも服薬後すぐには起こらず、服薬を開始して数か月から数年経過してから発症するという特徴があります。
遅発性ジスキネジアは、第2世代抗精神病薬よりも第1世代抗精神病薬による治療の方が発症率が高いことが報告されており、投与期間の長さや投与量が関連することも明らかになっています。高齢者、糖尿病を合併している人、脳になんらかの器質的な病気のある人では発症しやすいとされ、発症平均年齢は65歳くらいであるとの報告が多いです。いったん発症すると薬を中止しても症状が持続し、生活の質を大きく損なうため、その予防と病態解明は長年の課題となっています。
慶應義塾大学病院の研究によると、遅発性ジスキネジアの発症には「Two-Hit仮説」が提唱されており、抗精神病薬投与によるドーパミンD2受容体のブロック(1st hit)に加えて、日常のさまざまな刺激による脳内ドーパミン濃度の変動(2nd hit)が長く持続することで病態が発展すると考えられています。
錐体外路症状を引き起こす原因
錐体外路症状を引き起こす原因は多岐にわたりますが、大きく分けて神経変性疾患によるものと、薬剤の副作用によるものがあります。また、脳血管障害や代謝性疾患なども原因となりえます。
神経変性疾患によるものの代表はパーキンソン病です。パーキンソン病は、中脳の黒質にあるドーパミンを産生する神経細胞が進行性に減少することで発症します。ドーパミンの供給が不足すると、大脳基底核における直接路と間接路のバランスが崩れ、運動の調節が困難になります。振戦、固縮、無動、姿勢反射障害という4大症状が特徴的であり、厚生労働省により難病に指定されています。
パーキンソン病以外にも、多系統萎縮症、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患がパーキンソニズムを引き起こすことがあり、これらはパーキンソン症候群として分類されます。また、ウィルソン病(銅代謝異常による遺伝性疾患)やハンチントン病(大脳基底核を含む特定の脳領域の神経細胞が変性する遺伝性疾患)なども錐体外路症状を呈することがあります。
脳血管障害(脳出血や脳梗塞)も錐体外路症状の重要な原因です。脳血管障害は脳のどこにでも起こる可能性があり、錐体外路のどこかに障害が発生すると錐体外路症状が出現します。多発性脳梗塞やビンスワンガー病などによる脳血管性パーキンソニズムは、パーキンソン病とは異なる特徴を持ち、安静時振戦が目立たないことが特徴とされています。
薬剤の副作用による錐体外路症状(薬剤性錐体外路症状)については、次のセクションで詳しく解説いたします。
薬剤性錐体外路症状について
薬剤性錐体外路症状は、ドーパミン受容体を遮断する作用を持つ薬剤によって引き起こされる運動障害の総称です。最も頻度が高い原因薬剤は抗精神病薬であり、特に定型抗精神病薬(第1世代)では発現率が高くなります。代表的な定型抗精神病薬にはハロペリドール、クロルプロマジンなどがあり、これらは強力なドーパミン受容体遮断作用を持つため錐体外路症状のリスクが高いとされています。
非定型抗精神病薬(第2世代)は定型抗精神病薬に比べて錐体外路症状を起こしにくいように開発されましたが、薬剤の種類や用量によっては依然として発現する可能性があります。非定型抗精神病薬の中では、リスペリドンやパリペリドンが最も錐体外路症状のリスクが高く、次いでアリピプラゾール、クエチアピン、オランザピンの順となり、クロザピンが最もリスクが低いとされています。
抗精神病薬以外にも、消化器系薬剤である制吐剤が錐体外路症状を引き起こすことがあります。メトクロプラミド(プリンペラン)やドンペリドン(ナウゼリン)などのドーパミン受容体遮断作用を持つ制吐剤は、特に高齢者や長期使用の場合に注意が必要です。その他、一部の三環系抗うつ薬やSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)、SNRI、カルシウム拮抗薬なども錐体外路症状と関連することが報告されています。
薬剤性錐体外路症状は、薬剤投与開始からの経過時間によって大きく4つのタイプに分類されます。急性ジストニアは投与開始後数時間から数日以内に出現し、アカシジアは投与開始後数日から数週間以内に出現、薬剤性パーキンソニズムは投与開始後数週間から数か月以内に出現、遅発性ジスキネジアは数か月から数年以上の長期服用後に出現します。この分類を理解することは、早期発見と適切な対応のために極めて重要です。
薬剤性錐体外路症状への対応としては、まず原因薬剤の減量や中止が検討されます。ただし、原疾患の症状の再発や悪化の可能性を考慮し、慎重に判断する必要があります。また、錐体外路症状を引き起こしにくい非定型抗精神病薬への変更や、抗コリン薬による対症療法が行われることもあります。いずれの場合も自己判断で薬剤を中止することは避け、必ず主治医に相談することが重要です。
錐体外路症状の診断方法
錐体外路症状の診断は、主に医師による問診と神経学的診察によって行われます。多くの神経疾患と同様に、血液などの検査で診断が決定するという特異的な所見はなく、症状からこの病態を判断することが多いです。
問診では、症状の発症時期や経過、どのような状況で症状が悪化または軽減するか、服用している薬剤の種類と開始時期、既往歴や家族歴などを詳しく聞き取ります。特に薬剤性錐体外路症状が疑われる場合には、原因になると報告のある医薬品の投与歴を確認することが重要です。動作が遅くなった、声が小さくなった、表情が少なくなった、歩き方がふらふらする、歩幅が狭くなった(小刻み歩行)、一歩目が出ない、手が震える、止まれず走り出すことがあるなどの症状が確認されます。
神経学的検査では、筋力、筋緊張、反射、協調性などを詳しく評価します。パーキンソニズムの評価には、筋固縮の有無や程度、振戦の特徴(安静時か動作時か)、姿勢や歩行の状態、顔の表情などが観察されます。ジストニアやジスキネジアの評価では、不随意運動のパターンや発症部位、持続時間などが確認されます。
画像検査としては、頭部MRIやCTによる脳の器質的病変の確認が行われることがあります。パーキンソン病と他のパーキンソン症候群を鑑別するためには、MIBG心筋シンチグラフィーが用いられることがあります。MIBGはノルアドレナリンと同様の働きをする物質で、パーキンソン病では発症早期からMIBGの取り込みが低下しますが、パーキンソン症候群では取り込みは低下しないため、鑑別診断に有用です。
アカシジアの評価には、Barnes Akathisia Scale(BAS)日本語版などの評価尺度が用いられることがあります。また、遅発性ジスキネジアの評価にはAbnormal Involuntary Movement Scale(AIMS)などが使用されます。これらの評価ツールを用いることで、症状の重症度を客観的に評価し、治療効果を判定することができます。
錐体外路症状の治療法
錐体外路症状の治療は、原因となっている疾患や薬剤によって異なりますが、大きく分けて薬物療法、原因薬剤の調整、リハビリテーション、手術療法などがあります。
パーキンソン病の治療では、ドーパミンを補充する薬物療法が基本となります。レボドパ(L-DOPA)は脳内でドーパミンに変換され、錐体外路症状を軽減する最も効果的な薬剤です。ただし、長期使用により効果の減弱やジスキネジアなどの運動合併症が起こりやすいため、特に若年者ではドパミンアゴニスト(ドーパミン受容体を直接刺激する薬剤)で治療を開始することが推奨されています。抗コリン薬は、過剰なアセチルコリン活動を抑制し、ドーパミンとアセチルコリンのバランスを改善する効果があります。
薬剤性錐体外路症状の場合、最も重要な治療は原因薬剤の調整です。可能であれば原因薬剤の減量や中止を試みますが、原疾患の症状コントロールとのバランスを考慮する必要があります。抗精神病薬による錐体外路症状の場合、錐体外路症状を引き起こしにくい非定型抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン、クロザピンなど)への切り替えが検討されることがあります。急性ジストニアやパーキンソニズムに対しては、抗コリン薬(ビペリデン、トリヘキシフェニジルなど)による対症療法が有効です。アカシジアに対しては、β遮断薬(プロプラノロール)やベンゾジアゼピン系薬剤(ジアゼパム、クロナゼパム)が有効とされています。
遅発性ジスキネジアの治療は難治性であることが多く、原因薬剤の減量・中止が基本となりますが、突然の中断は症状を悪化させることがあるため、数週間から数か月をかけて緩徐に減量する必要があります。近年では、バルベナジン(ジスバル)という遅発性ジスキネジアに対する治療薬が開発され、保険適応を取得しています。また、難治性の遅発性ジストニアに対しては、ボツリヌス毒素の局所注射が有効な場合があります。
薬物療法で効果が得られない重症例に対しては、手術療法が検討されることがあります。脳深部刺激療法(DBS)は、電極を特定の脳部位(淡蒼球内節や視床下核)に挿入し、電気刺激により症状をコントロールする方法です。パーキンソン病や難治性の遅発性ジスキネジア、ジストニアに対して行われることがあります。
リハビリテーションは、薬物療法と並行して行われる重要な治療法です。理学療法による筋力強化、ストレッチ、バランス訓練などが患者の日常生活動作の改善と生活の質の向上に貢献します。また、作業療法や言語療法なども症状に応じて行われます。
日常生活における注意点とケア
錐体外路症状を持つ方が日常生活を送る上では、いくつかの注意点があります。症状の適切な管理と生活の質の向上のために、以下の点に留意することが推奨されます。
まず、処方された薬剤を自己判断で中止したり減量したりしないことが非常に重要です。特にパーキンソン病治療薬や抗精神病薬を突然中止すると、悪性症候群という重篤な状態を引き起こす危険性があります。悪性症候群は発熱、錐体外路症状、横紋筋融解症、意識障害、頻脈、呼吸促迫などを伴い、急性腎不全などにより命を落とす危険性があります。薬の調整は必ず主治医と相談の上で行ってください。
錐体外路症状は日常生活動作に大きな影響を与えるため、転倒予防が重要な課題となります。姿勢反射障害やバランスの悪さがある場合は、室内の段差をなくす、手すりを設置する、滑りにくい床材を使用するなどの環境整備が推奨されます。歩行時には杖や歩行器の使用を検討し、急いで動くことを避けることも大切です。
食事面では、嚥下障害がある場合には誤嚥に注意が必要です。食べ物を小さく切る、とろみをつける、食事中の姿勢に気をつけるなどの工夫が有効です。また、便秘も錐体外路症状の患者に多い問題であり、食物繊維や水分の摂取、適度な運動を心がけることが推奨されます。
精神面のケアも重要です。錐体外路症状は患者の精神的健康にも深刻な影響を及ぼすことがあります。うつ症状や不安が見られる場合は、主治医に相談することが大切です。また、家族や介護者も患者の状態を理解し、適切なサポートを行うことが求められます。
定期的な診察を受け、症状の変化を主治医に報告することも重要です。新たな症状が現れた場合や、既存の症状が悪化した場合には、早めに医療機関を受診してください。特に薬剤を服用している場合は、錐体外路症状の早期発見のために日々の観察が大切です。
適度な運動は症状の管理に有効です。ウォーキング、ストレッチ、太極拳などの軽い運動は、筋力の維持やバランス能力の向上、気分の改善に効果があるとされています。ただし、運動の種類や強度については、主治医や理学療法士と相談の上で決定することが推奨されます。

よくある質問
錐体外路症状とパーキンソン病は同じものではありません。錐体外路症状は脳の錐体外路系の障害によって生じるさまざまな運動機能異常の総称であり、パーキンソン病はその原因となる代表的な疾患の一つです。パーキンソン病以外にも、脳血管障害や薬剤の副作用など、さまざまな原因で錐体外路症状が生じる可能性があります。
薬の服用後に手の震えが出現した場合、薬剤性錐体外路症状の可能性があります。特に抗精神病薬、一部の吐き気止め、抗うつ薬などを服用している場合は、薬剤性パーキンソニズムやその他の錐体外路症状が生じることがあります。ただし、自己判断で薬を中止することは危険ですので、必ず主治医に相談してください。医師が症状を評価し、必要に応じて薬剤の調整を行います。
錐体外路症状が治るかどうかは、その原因によって異なります。薬剤性の錐体外路症状の場合、原因薬剤を減量または中止することで症状が改善することが多いです。ただし、遅発性ジスキネジアなど一部の症状は薬を中止しても持続することがあります。パーキンソン病などの神経変性疾患による錐体外路症状は、根本的な治療法がまだ確立されていませんが、薬物療法やリハビリテーションにより症状をコントロールし、生活の質を維持することが可能です。
口をもぐもぐさせる動きを繰り返す症状は、ジスキネジア(特に口唇ジスキネジア)の可能性があります。ジスキネジアは錐体外路症状の一つであり、抗精神病薬などの薬剤を長期間服用している場合に出現する遅発性ジスキネジアである可能性が考えられます。ただし、高齢者では薬を服用していなくても類似の症状が起きることもあります。正確な診断と適切な対応のために、医療機関を受診することをお勧めします。
薬剤性錐体外路症状については、予防的な観点からいくつかの対策が可能です。錐体外路症状のリスクが高い患者(高齢者、女性、脳器質性疾患の既往がある方、過去に錐体外路症状の経験がある方など)では、可能な限り錐体外路症状を起こしにくい薬剤の選択や、必要最小限の用量での開始が推奨されます。また、薬を服用している場合は定期的に診察を受け、初期症状を見逃さないようにすることが重要です。神経変性疾患による錐体外路症状については、現時点では確立された予防法はありませんが、研究が進められています。
参考文献
- 厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル アカシジア」
- 厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル ジスキネジア」
- 厚生労働省「パーキンソン病」(難病情報センター)
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構「パーキンソン病の症状を引き起こす神経メカニズムを解明」
- 脳科学辞典「錐体外路症状」
- 慶應義塾大学病院 KOMPAS「ジスキネジア(体のクネクネ、口のモゴモゴ)はなぜ起こる?」
- 弘前大学「抗精神病薬の副作用である遅発性ジスキネジアの発症機序の解明」
- 厚生労働省eJIM「パーキンソン病に対する補完療法について知っておくべき5つのこと」
- 一般社団法人愛知県薬剤師会「パーキンソン病」
- アルメディアWEB「薬剤起因性老年症候群とその対応|錐体外路症状」
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務