「なぜか人間関係がうまくいかない」「いつも他人の顔色をうかがってしまう」「自分に自信が持てない」——このような生きづらさを感じている方は少なくありません。その原因が、幼少期の家庭環境にあるかもしれないと考えたことはあるでしょうか。近年、「アダルトチルドレン(AC)」という概念が広く知られるようになりました。アダルトチルドレンとは、機能不全家族のもとで育ち、子ども時代に受けた心の傷が大人になっても影響を及ぼしている状態を指します。医学的な診断名ではありませんが、自分自身を理解し、生きづらさを克服するための重要な手がかりとなります。本記事では、アダルトチルドレンの定義や特徴、6つのタイプ、原因となる機能不全家族、そして回復に向けたアプローチについて、専門的な知見をもとに詳しく解説します。

目次
- アダルトチルドレン(AC)とは
- アダルトチルドレンの主な特徴
- アダルトチルドレンの6つのタイプ
- 機能不全家族とアダルトチルドレンの関係
- アダルトチルドレンになりやすい家庭環境
- アダルトチルドレンと共依存の関係
- アダルトチルドレンと精神疾患の関連
- アダルトチルドレンからの回復方法
- カウンセリングと心理療法の活用
- 自助グループと相談窓口
- まとめ
アダルトチルドレン(AC)とは
アダルトチルドレンの定義と歴史
アダルトチルドレン(Adult Children、略称AC)とは、子ども時代に親や養育者との関係のなかで心的外傷(トラウマ)を受け、その影響が大人になっても続いている状態を指す概念です。重要なのは、アダルトチルドレンは医学的な診断名や病名ではないということです。これは自己認識のための用語であり、生きづらさの原因を理解するための手がかりとなる概念として位置づけられています。
アダルトチルドレンという言葉は、1970年代のアメリカで誕生しました。当初は「Adult Children of Alcoholics(ACoA)」として、アルコール依存症の親のもとで育った成人を指す用語でした。アルコール依存症者の治療に携わるソーシャルワーカーやカウンセラーたちが、依存症者の子どもたちが成人後も共通した心理的特徴や生きづらさを抱えていることに気づき、この概念が生まれました。
その後、1980年代にかけてアメリカではアダルトチルドレンの回復を目指すセルフヘルプ・グループが数多く生まれ、一種の社会運動となりました。やがて、アルコール依存症の家庭に限らず、さまざまな機能不全家族で育った人々にも同様の特徴がみられることが認識されるようになります。現在では「Adult Children of Dysfunctional Family(ACOD)」として、虐待、ネグレクト(育児放棄)、薬物依存症、ギャンブル依存症、過干渉、家庭内暴力など、子どもの健全な発達を妨げるさまざまな家庭環境で育った成人を広く含む概念として使われています。
日本におけるアダルトチルドレン概念の広がり
日本にアダルトチルドレンの概念が入ってきたのは1989年頃で、1995年以降に広く注目されるようになりました。日本ではアルコール依存症がアメリカほど社会問題化していなかったため、精神科医の斎藤学氏によって日本の社会状況に合わせた解釈が加えられました。日本では、仕事依存(ワーカホリック)の父親と、それを支える良妻賢母的な共依存の母親、そして勉強依存の傾向がある子どもで構成される家族も機能不全家族として捉えられるようになりました。
日本におけるアダルトチルドレン概念の第一人者である臨床心理士の信田さよ子氏は、アダルトチルドレンを「自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人」と定義しています。つまり、客観的な基準によって診断されるものではなく、本人が機能していなかったと考えればそれは機能不全家族であり、「自分がアダルトチルドレンだと思えばアダルトチルドレンである」という自己認知の問題として捉えられています。
アダルトチルドレンという言葉の誤解
アダルトチルドレンという言葉は、しばしば「大人になっても子どもの状態から抜け出せない人」「親から自立しない人」といった意味で誤解されることがあります。しかし、これは本来の意味とはまったく異なります。アダルトチルドレンは「アダルト(成人した)チルドレン(子ども=続柄上の子)」、すなわち「成人した子ども」という意味であり、精神的に未熟な大人を指す言葉ではありません。
アダルトチルドレンという概念の本質は、「自分が悪いから現在のすべての苦しみがある」という自己責任の意識から解放され、親による影響を受けたために自分はこうなってしまったと認めることにあります。これは回復への第一歩であり、過去の経験を理解することで、より健全な自己認識と人間関係を築いていくための出発点となります。
アダルトチルドレンの主な特徴
ジャネット・ウォイティッツによる13の特徴
アダルトチルドレンの特徴として広く知られているのは、アメリカの著述家ジャネット・ウォイティッツがまとめた13項目です。これらは当初アルコール依存症の親のもとで育った人について記述されたものですが、機能不全家族全般に当てはまる特徴として認識されています。
第一に、アダルトチルドレンは何が正常かを推測します。健全な家庭環境を経験していないため、「これでいい」という確信が持てず、常に不安を感じながら行動します。第二に、物事を最初から最後までやり遂げることが困難です。目標を達成するまでの過程で挫折したり、完成間近で放棄してしまったりすることがあります。第三に、本当のことを言ったほうが楽なときでも嘘をつくことがあります。これは自己防衛の習慣として身についたものです。
第四に、情け容赦なく自分に批判を下します。自己評価が厳しく、些細な失敗でも自分を激しく責めてしまいます。第五に、楽しむことがなかなかできません。幼少期に安心して遊ぶ経験が乏しかったため、大人になっても純粋に楽しむことに罪悪感を覚えることがあります。第六に、まじめすぎる傾向があります。常に緊張感を持って生活し、リラックスすることが苦手です。
第七に、親密な関係を持つことが大変難しいと感じます。他者と深い関係を築くことへの恐れや、裏切られることへの不安が強く存在します。第八に、自分にコントロールできないと思われる変化に過剰に反応します。予期しない出来事に対して強い不安や恐怖を感じやすくなります。第九に、他人からの肯定や受け入れを常に求めます。自己肯定感が低いため、外部からの承認によって自分の価値を確認しようとします。
第十に、自分は他人とは違うといつも感じています。どこにいても居場所がないような疎外感を抱えています。第十一に、過剰な責任を取るか、まったく責任を取らないかの両極端になりがちです。バランスの取れた責任の取り方が困難です。第十二に、忠誠心が強く、そうすべきでない場合でも固執してしまいます。不健全な関係であっても離れられないことがあります。第十三に、衝動的で、他の選択肢や結果を考慮せずに行動してしまうことがあります。
自尊心の低さ——アダルトチルドレンの中核的特徴
アダルトチルドレンに共通する最も根本的な特徴は「自尊心の低さ」です。人が自分のことを肯定的に価値のある人間だと感じられるようになるためには、特に子ども時代にありのままの自分を受容してくれる存在が身近にいて、深く愛されていると実感することが非常に重要です。しかし、機能不全家族で育った子どもは、このような経験を十分に得ることができません。
その結果、大人になっても自己評価が極端に低くなり、自分自身を大切にできなかったり、物事を純粋に楽しめなかったりします。時には自分を犠牲にして相手に尽くそうとする傾向もみられます。否定的な自己像や否定的な人間関係が繰り返されると、生きていくことへの希望を持てなくなり、将来に期待することも困難になってしまいます。
感情面での特徴
アダルトチルドレンは感情面でもさまざまな特徴を示します。感情の抑圧や麻痺が起こり、自分の本当の感情がわからなくなることがあります。喜びや悲しみを感じにくくなったり、逆に感情が爆発しやすくなったりします。また、怒りや悲しみ、不安といった感情を抑圧することを幼少期から強いられてきたため、大人になってからも感情のコントロールに問題を抱えやすくなります。
さらに、他人の感情に対して過度に敏感になる傾向があります。常に周囲の人の表情や雰囲気を読み取り、険悪なムードにならないように細心の注意を払います。このような状態は心理的な疲労を蓄積させ、慢性的なストレスの原因となります。
対人関係における特徴
アダルトチルドレンの対人関係における特徴として、親密な関係を築くことの困難さが挙げられます。他者と深い関係を持つことへの恐れがあり、相手と適切な距離感を保つことが難しくなります。過度に依存的になるか、逆に距離を置きすぎるかの両極端に陥りやすい傾向があります。
また、相手に好かれようと無理をしたり、相手の言いなりになったりすることで、不健全な依存関係に陥りやすくなります。自分の存在価値を他者に必要とされることや愛されることで測ろうとするため、相手との共依存の関係になりやすく、お互いが自立できなくなってしまうこともあります。
アダルトチルドレンの6つのタイプ
アダルトチルドレンは、機能不全家族のなかで生き延びるために無意識に身につけた役割によって、いくつかのタイプに分類されます。代表的な6つのタイプについて解説します。ただし、これらのタイプは厳密に分けられるものではなく、複数のタイプの特徴を併せ持っていることも多いです。また、同じ家庭で育ったきょうだいでも、それぞれ異なるタイプになることがあります。
ヒーロー(英雄)タイプ
ヒーロータイプは、勉強やスポーツ、習い事などで良い成績や評価を得ることを最優先にするアダルトチルドレンです。外からは「しっかり者」「頑張り屋さん」「真面目な子」として見られることが多く、問題がないように思われがちです。しかし、その努力は自分自身のためではなく、親の期待に応えるため、あるいは家族の雰囲気を悪くしないための防衛的で後ろ向きな意味合いを持っています。
ヒーロータイプの子どもは「家族を助けるために自分が頑張らなければならない」という役割を背負い、常に高い成果を求め続けます。しかし、このような努力が何らかのきっかけで挫折したり、期待通りの結果が得られなくなったりしたとき、心がぽっきりと折れてしまいます。「他人の期待に応えない自分には価値がない」という思い込みが強いため、失敗体験があると強い自己否定に陥りやすい特徴があります。
スケープゴート(いけにえ)タイプ
スケープゴートタイプは、ヒーロータイプとは正反対の特徴を持ちます。問題行動を起こしたり、極端に悪い成績を取ったりすることで、家族のなかで「悪者」や「問題児」の立場を引き受けます。非行や暴力、徘徊などの問題行動によって、家族の憎しみや怒り、不満、鬱憤を一人で引き受け、家族のバランスを取ろうとしています。
スケープゴートという言葉は、もともと聖書に由来する「贖罪のヤギ」という意味で、無実の罪を着せられた犠牲者を比喩的に表現しています。このタイプは「この子さえいなければ、家族はうまくいくはずだった」という幻想を家族に抱かせることで、家族の真の問題から目をそらさせ、家族の崩壊を防ぐ役割を担っています。興味深いことに、家族のなかでいちばん優しい子がスケープゴートタイプになることも多いとされています。
ロストワン(いない子)タイプ
ロストワンタイプは、家族のなかで存在を消し、「いない子」として、あたかも生まれてこなかったかのようにひっそりと気配を感じさせずに生きていこうとします。家族との関係を断ち、とにかく目立たないようにすることで、家族から傷つけられることを避けようとしています。自分の存在を小さくすることで、家族への負担を減らそうとする適応方法です。
ロストワンタイプは自己主張が苦手で、自分の感情を誰かに伝えることをせずに大人になるため、社会的ストレスを発散することができず、うつ状態などの精神疾患になりやすいという特徴もあります。また、当事者が自分自身がアダルトチルドレンであることを自覚しにくいことも特徴的です。
ケアテイカー(世話役)タイプ
ケアテイカータイプは、献身的に家族の世話をし、愚痴を聞き、支えることを過剰なまでに行います。家事をしない親に代わって家事をしたり、養育をしない親に代わって弟妹の面倒をみたりします。自分のことは何でも後回しにしてしまう自己犠牲的な特徴を持っています。
ケアテイカータイプは、誰かのお世話をしていることに自分の存在意義を見出しています。そのため、恋人との関係で共依存に陥りやすく、本来であれば自分が助けを必要としている状態にもかかわらず、誰かに尽くし続けてしまうため、精神的に疲弊してしまうことがあります。また、献身的な世話の見返りに褒めてもらうことや感謝されることを求める傾向もあります。
ピエロ(道化師)タイプ
ピエロタイプは、冗談を言ったり、おどけたり、ふざけたりすることで家庭内の険悪なムードを和らげ、明るい雰囲気を演出しようとします。その役割から「マスコット」とも呼ばれています。一見明るくひょうきんな性格に見えますが、実際には常に人の顔色をうかがいながら生活しており、緊張状態にあります。
ピエロタイプは、自分が不機嫌であったり落ち込んでいたりするところを決して見せません。体調が悪いときでさえも隠して明るく振る舞うことがあります。本当の自分と演じている自分とのギャップに苦しむことも多く、そのストレスが蓄積していきます。
イネイブラー(支え役)タイプ
イネイブラータイプは、ケアテイカーと同様に自己犠牲によって過剰な献身を注ぎますが、その献身が相手の嗜癖や問題行動を助長し、状況を悪化させてしまう点が特徴的です。たとえば、アルコール依存症の親にお酒を用意してあげるという行為は、典型的なイネイブリング(問題行動を可能にしてしまう行為)といえます。
イネイブラーという言葉は、本来「後援者」「他人の成功を手助けする人」という意味がありますが、心理学では「助けているつもりで相手のためにならないことをする人」「身近な人の問題を黙って見過ごす人」という意味で使われます。イネイブラータイプは、人の世話によって自分自身の問題から目を背ける傾向があり、アダルトチルドレンのタイプのなかで最も共依存に陥りやすいとされています。
機能不全家族とアダルトチルドレンの関係
機能不全家族とは
機能不全家族とは、本来家族が果たすべき役割、すなわち子どもが「あるがままの自分を認めてもらえる」と安心感を持って成長できる環境を提供する機能を果たしていない家族を意味します。家族とはお互いを尊重し、励まし合い、協力しあっていくものですが、機能不全家族ではそのようなことができず、一人ひとりの人格が尊重されていません。
重要なのは、機能不全家族は外から見て明らかに問題があるように見えるとは限らないということです。生活困窮者やアルコール依存症患者のいる家庭のように目に見える問題がなくても、親による子どもへの無関心、過干渉、共依存、役割放棄や条件付きの愛情、子どもを褒めない・認めないなど、子どもが日常的にストレスを感じながら生活しなければならない状況であれば、すべて機能不全家族といえます。
機能不全家族における親の傾向
機能不全家族における親には、いくつかの特徴的な傾向やパターンがみられます。第一に「拒絶」があります。これは子どもの存在そのものを拒絶することで、無視や否定も含まれます。第二に「過干渉」があり、子どもの行動や選択に過度に介入し、子どもの自主性を奪います。第三に「二重拘束(ダブルバインド)」があり、矛盾する二つの命令を子どもに出すことで、子どもはどちらを選んでもストレスを受ける状態に置かれます。
また、親に共感能力が欠如している場合も、家庭内の機能不全を引き起こしやすくなります。共感してもらう経験は心の健康を保つために欠かせない要素であり、親に共感してもらえない状況が続くと、家族が近くにいても精神的な孤立を招きます。親に「共感する心の余裕がない」場合もあれば、発達特性として「共感能力の欠如がある」場合もあります。
機能不全家族が子どもに与える影響
機能不全家族で育つ子どもは、その環境を生き延びるために、さまざまな役割を担い、適応能力を身につけます。しかし、これが過剰に働きすぎると、どこにいてもしっくりなじめなかったり、やりすぎたり、浮いている感覚や地に足のつかない居心地の悪さがつきまとうようになります。
子どもは家庭が安全な場所でないと感じると、可能な限り安全に生き延びるために自分自身が努力しなければならなくなります。虐待が日常的に行われている環境にいる子どもは、虐待から逃れるために自分を抑え込んだり、無理していい子を演じて大人を怒らせないような振る舞いをします。このような抑圧は、社会に出てからさまざまな問題につながり、人間関係をうまく築けなくなることにもつながります。
アダルトチルドレンになりやすい家庭環境
虐待とネグレクト
アダルトチルドレンの代表的な原因の一つに、家庭内での虐待やネグレクトがあります。虐待には、殴る、蹴る、強く揺さぶる、投げ落とすなどの身体的虐待があります。また、罵声を浴びせる、無視する、夫婦間の暴力を見せるなどの心理的虐待、性的暴行やポルノを見せるなどの性的虐待もあります。
ネグレクト(育児放棄)も虐待の一種です。学校に行かせない、必要な教育を受けさせないなどの教育ネグレクト、生活費を渡さない、子どもから金銭を搾取するなどの経済ネグレクト、家に閉じ込める、食事を与えない、医療を受けさせないなどの養育ネグレクトがあります。
依存症のある親
親がアルコール依存症やギャンブル依存症、薬物依存症などの嗜癖障害を持っている場合、子どもはアダルトチルドレンになりやすくなります。依存症になった親は、意識が依存対象ばかりに向き、子どもや周囲への配慮・関心が薄れていきます。アルコール依存症の親は家族への配慮ができなくなるため、機能不全家族に陥りやすく、アルコールが切れると暴力を振るうといった行為は、子どもの心身に大きな影響を与えます。
毒親による育児
「毒親」とは、毒と比喩されるほど子どもに悪影響を及ぼす親のことを指します。子どもの行動に対して常に口出しをしたり、過剰なプレッシャーを与えたり、子どもの幸せを邪魔したりする行為を行います。毒親に育てられると、子どもは思考力や判断力が奪われることが多く、成長して社会に出たときに仕事や人間関係にさまざまなトラブルを抱える傾向があります。
過度な期待と過保護
親からの過度な期待や過保護も、機能不全家族の要因となります。子どもが自分の感情や欲求を表現することを許されず、親の期待に応えることを求められ続けると、子どもは自分の本当の気持ちを抑え込むことを学びます。また、過保護な環境では、子どもが自立する機会を奪われ、自己効力感が育ちにくくなります。
アダルトチルドレンと共依存の関係
共依存とは
共依存(Co-dependency)とは、特定の相手や人間関係に依存しすぎてしまう状態のことです。この概念もアダルトチルドレンと同様に、アルコール依存症の治療現場から生まれました。アルコール依存症者を支えている配偶者が、アルコール依存症者の行動にとらわれ、その世話をすることで自分の存在意義を感じるという関係性が「共依存」として認識されるようになりました。
共依存の関係では、外見的には支配する側とされる側のように見えますが、実は互いに相手に依存し合っています。その結果、「憎いのに離れられない」「嫌いだけど、いないと寂しい」という不健全な状態に陥ります。
アダルトチルドレンと共依存の密接な関係
アダルトチルドレンとその養育者は、共依存の関係にあるケースが多いのが特徴です。たとえば、アルコール依存症の親の場合、家事や育児などができなくなり、子どもに頼ることが増えていきます。一方、子どもは「自分がいなければ生きていけない親」を世話することに充実感を持つようになります。
アダルトチルドレンは、成人後も無意識のうちに共依存的な人間関係を作ってしまいがちです。「この人には自分がいないとダメだから」と、アルコール依存症のパートナーのイネイブラー(支え手)になってしまうことは、よくある代表例といえます。このような関係性を繰り返すパターンを認識し、健全な人間関係を築くことが回復において重要になります。
アダルトチルドレンと精神疾患の関連
二次的な精神疾患のリスク
アダルトチルドレンは医学的な診断名ではありませんが、親や養育者との関係で何らかのトラウマを負ったことにより、二次的に精神疾患の症状が現れることがあります。子ども時代の家庭環境の影響で自尊心の低さや依存性が生じ、学校や職場で生きづらさを感じてストレスを溜め込みやすくなります。その結果、二次的に精神疾患を引き起こすと考えられています。
アダルトチルドレンに関連して発症する可能性がある精神疾患には、依存症(アルコール依存症、ギャンブル依存症など)、うつ病、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、摂食障害、パーソナリティ障害、適応障害などがあります。精神疾患は子ども時代の心の傷だけでなく、学校や職場の環境、性格など複合的な要因が影響しているため、原因の特定は難しいですが、心身の不調がある場合は適切な支援を受けることが重要です。
アダルトチルドレンと発達障害の違い
アダルトチルドレンと発達障害は混同されることがありますが、根本的に異なるものです。発達障害は生まれつきの脳の機能的な特性であり、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などがあります。発達障害がある場合、多くは子ども時代に学校や医療機関で特性が発見されます。
一方、アダルトチルドレンは子ども時代の家庭環境が原因です。発達障害は生まれつきの特性であるため根本的な治療は困難ですが、アダルトチルドレンは正しい知識や適切な支援を受けることで、生きづらさの緩和が期待できます。ただし、発達障害のある子どもが適切な支援を受けられない環境で育った場合、二次的にアダルトチルドレンの特徴を示すこともあります。
アダルトチルドレンからの回復方法
回復の第一歩——自己認識
アダルトチルドレンからの回復の第一歩は、自分自身がアダルトチルドレンであると認識することです。自分の生きづらさや問題の原因が、子ども時代の家庭環境にあると認めることは、「自分が悪いから現在の苦しみがある」という自己責任の意識から解放されることにつながります。これは決して親を責めることが目的ではなく、過去の経験が現在の自分にどのように影響しているかを客観的に理解することが目的です。
アダルトチルドレンの概念を知ることで、「なぜ自分がこのように考えたり行動したりするのか」が理解できるようになります。これまで漠然と感じていた生きづらさに名前がつくことで、問題を具体的に捉えられるようになり、解決の糸口が見えてきます。
回復の段階
アダルトチルドレンからの回復には、大きく分けていくつかの段階があります。まず、家族の問題がどのように影響し、トラウマ(心の傷)を受けたかを明らかにします。次に、得られなかったものや傷ついてきたことを嘆き、悲しむプロセス(グリーフワーク)を経て、過去を含めた今の自分を受け入れていきます。そして、安全な場所を見つけ、自分自身を取り戻し、健全な人間関係を築いていきます。
回復とは、すべての問題が消えてなくなることではありません。自分のなかで良い意味で折り合いがつけられるようになることも、回復の一つの形です。偏った家族のなかで育ったために生きているのがつらいと感じている人の、生きづらさや苦しさが少しでも楽になっていく過程が回復です。
セルフケアの方法
回復に向けたセルフケアとして、いくつかの方法が有効とされています。第一に、自分の感情に気づき、認めることです。機能不全家族で育った人は、自分の感情を抑圧することに慣れているため、まず自分が何を感じているかを意識することが大切です。第二に、自分の考え方のパターンに気づくことです。過度に自己批判的な思考や、白黒思考などの認知の偏りに気づくことで、より柔軟な考え方ができるようになります。
第三に、境界線(バウンダリー)を意識することです。他者との適切な距離感を学び、「ノー」と言えるようになることは、健全な人間関係を築くうえで重要です。第四に、自己肯定感を育てることです。小さな成功体験を積み重ね、自分を褒める習慣をつけることで、少しずつ自己肯定感を高めていくことができます。
カウンセリングと心理療法の活用
カウンセリングの役割
アダルトチルドレンの回復において、カウンセリングは非常に有効な手段です。カウンセリングでは、専門家との対話を通じて、自分の内面を見つめ直し、過去のトラウマや感情の整理を進めることができます。自分を否定的に捉える思考パターンや、他者との関係で感じる不安の原因を理解しやすくなります。
アダルトチルドレンのカウンセリングでは、カウンセラーとの関係性も非常に重要です。アダルトチルドレンは幼少期に適切に親との関係を構築できなかった過去があるため、カウンセラーと時間をかけて信頼関係を築くという体験をすることが、今後の人生における人間関係にポジティブな影響を与えます。
認知行動療法(CBT)
認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy、CBT)は、アダルトチルドレンの回復に広く用いられている心理療法の一つです。国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センターによると、認知行動療法はストレスなどで固まって狭くなってしまった考えや行動を、本人の力で柔らかくときほぐし、自由に考えたり行動したりするのをサポートする心理療法です。
アダルトチルドレンの人は、機能不全家族での経験から「自分はダメな人間だ」「価値がない」といった偏った考え方(認知の歪み)を持ちやすくなります。認知行動療法では、このような偏った考え方が現実の出来事と食い違っていないかを検証し、認知の偏りを修正することで、気持ちを楽にしていきます。過去の出来事の捉え方を見つめ直し、より適応的な考え方や行動パターンを身につけることを目指します。
その他の心理療法
認知行動療法以外にも、アダルトチルドレンの回復に効果的な心理療法があります。来談者中心療法は、カウンセラーが共感的に傾聴することで、クライエントの自己理解と自己受容を促進する方法です。トラウマに焦点を当てた治療法としては、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)があり、トラウマ記憶の処理に効果があるとされています。
また、ナラティブセラピー(物語療法)も有効です。自らの生育歴を物語として語り、治療者からの助言を得て自分史の再構成を行う精神療法です。自分史を再構築することで、過去や自分自身を見つめ直し、別の角度から自分を見ることで、本来の個性や力を取り戻していくことができます。
医療機関の受診
アダルトチルドレン自体は医学的な診断名ではないため、直接的な治療の対象にはなりませんが、二次的に発症した精神疾患の症状に対しては医療機関の受診が必要になる場合があります。抑うつや不安などの精神症状がある場合は、精神科や心療内科の受診を検討しましょう。
医療機関では、専門医による診断や薬物療法、心理カウンセリングの手配が行われます。初めて受診する際は、自分の症状や感じている困難を正直に医師に伝えることが大切です。日常生活で感じる不安やストレス、人間関係の悩みなどを具体的に話すことで、医師が適切な治療方針を立てやすくなります。
自助グループと相談窓口
自助グループの意義
自助グループとは、共通の問題を抱える人やその家族が自主的に集まり、不安な気持ちを吐き出したり、お互いに支え合ったりするグループです。同じ生きづらさを抱える人たちと交流できるため、孤独感が軽減され、安心して話しやすくなります。他者の経験を聞くことで、自分だけではないという安心感を得られ、回復のヒントを得ることもできます。
日本では、日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン(JUST)をはじめとする自助グループがあり、アダルトチルドレンやその関連テーマについての情報交換や相互支援が行われています。また、アルコール依存症者の家族のための自助グループであるアラノン(Al-Anon)やアラティーン(Alateen)も、アダルトチルドレンの回復に役立つ場として活用されています。
相談窓口
どこに相談すればよいかわからない場合は、地域の精神保健福祉センターやカウンセリング機関、心療内科・精神科などに問い合わせてみましょう。精神保健福祉センターは各都道府県・政令指定都市に設置されており、心の健康に関する相談を受け付けています。こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)に電話すると、お住まいの地域の公的な相談機関につながります。
初めて相談することには勇気がいるかもしれませんが、専門家のサポートは回復への強力な一歩となります。一人で抱え込まず、適切な支援を受けることが大切です。
まとめ
アダルトチルドレンは、機能不全家族のもとで育ち、子ども時代に受けた心の傷が大人になっても影響を及ぼしている状態を指す概念です。医学的な診断名ではありませんが、自分自身の生きづらさの原因を理解し、回復に向かうための重要な手がかりとなります。
アダルトチルドレンの特徴として、自尊心の低さ、親密な関係を築くことの困難さ、感情のコントロールの問題、他者からの承認を常に求める傾向などが挙げられます。また、機能不全家族のなかで生き延びるために身につけた役割によって、ヒーロー、スケープゴート、ロストワン、ケアテイカー、ピエロ、イネイブラーといったタイプに分類されます。
回復に向けては、まず自分自身がアダルトチルドレンであると認識し、過去の経験が現在の自分にどのように影響しているかを理解することが第一歩です。カウンセリングや認知行動療法などの心理療法、自助グループへの参加など、さまざまな支援を活用することで、少しずつ生きづらさを軽減し、より健全な自己認識と人間関係を築いていくことができます。
過去の経験はあなたの一部かもしれませんが、それがあなたのすべてではありません。焦らず、少しずつ自分のペースで回復への道を歩んでいくことが大切です。一人で抱え込まず、必要に応じて専門家や支援機関の力を借りながら、より良い未来に向かって歩み出していただければと思います。

よくある質問
アダルトチルドレンは医学的な診断名や病名ではありません。機能不全家族で育った影響が成人後も続いている状態を表す自己認識のための概念です。ただし、アダルトチルドレンの状態にある人は、うつ病や不安障害、PTSDなどの精神疾患を二次的に発症することがあり、その場合は医療機関での治療が必要になります。
アダルトチルドレンには医学的な診断基準がないため、基本的には自己認識によって判断されます。幼少期の家庭環境に問題があり、そのことが現在の生きづらさや人間関係の困難につながっていると自分で感じる場合、アダルトチルドレンである可能性があります。ジャネット・ウォイティッツが示した13の特徴に2つ以上当てはまる場合は、アダルトチルドレンを認識する目安となります。不安な場合は、カウンセラーや心理士に相談することをおすすめします。
アダルトチルドレンは病気ではないため「治る」という表現は適切ではありませんが、適切な支援やカウンセリングを受けることで、生きづらさを軽減し、より健全な自己認識と人間関係を築いていくことは十分に可能です。認知行動療法などの心理療法、自助グループへの参加、セルフケアの実践などを通じて、多くの方が回復の道を歩んでいます。回復には時間がかかることもありますが、焦らず自分のペースで取り組むことが大切です。
発達障害は生まれつきの脳の機能的な特性であり、自閉スペクトラム症、ADHD、学習障害などが含まれます。一方、アダルトチルドレンは子ども時代の家庭環境が原因で生じる状態です。発達障害は先天的なものですが、アダルトチルドレンは後天的な環境要因によるものであるため、適切な支援により生きづらさの緩和が期待できます。ただし、発達障害のある人が機能不全家族で育った場合、二次的にアダルトチルドレンの特徴を示すこともあります。
アダルトチルドレンに関する相談は、精神保健福祉センター、カウンセリング機関、心療内科・精神科などで受け付けています。こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)に電話すると、お住まいの地域の公的な相談機関につながります。また、アダルトチルドレンに対応できる臨床心理士や公認心理師によるカウンセリングを受けることも効果的です。自助グループに参加して、同じ経験を持つ人たちと交流することも回復の助けになります。
参考文献
- 厚生労働省「みんなのメンタルヘルス アルコール依存症」
- 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター
- 国立精神・神経医療研究センター「そもそも認知行動療法(CBT)ってなに?」
- 厚生労働省「まもろうよ こころ 相談窓口」
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「共依存」
- 厚生労働省「児童虐待防止対策」
- NPO法人 日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン(JUST)
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務