はじめに
皮膚の下にできる丸いしこり「粉瘤(ふんりゅう)」は、多くの人が一度は経験する身近な皮膚トラブルです。粉瘤は良性の腫瘍であるものの、自然治癒することはなく、根本的な治療には手術が必要となります。しかし、インターネット上では「粉瘤の手術が失敗した」「再発してしまった」といった体験談を目にすることがあり、手術を検討している患者様の中には不安を感じる方も少なくありません。
実際のところ、粉瘤手術は皮膚科や形成外科における日常的な手術であり、適切に行われれば安全で確実な治療法です。しかし、手術の方法や医師の技術、患者様の状態によっては、期待していた結果が得られない場合があることも事実です。
本記事では、粉瘤手術における「失敗」とはどのような状態を指すのか、なぜ失敗が起こるのか、そして失敗を防ぐためには何に注意すべきかについて、医学的根拠に基づいて詳しく解説いたします。

粉瘤(アテローム)の基礎知識
粉瘤とは
粉瘤は、正式には「表皮嚢腫(ひょうひのうしゅ)」または「アテローム」と呼ばれる良性の皮下腫瘍です。日本皮膚科学会によると、粉瘤は「皮膚の内側に袋状の構造物ができ、本来皮膚から剥げ落ちるはずの垢(角質)や皮膚の脂(皮脂)が、袋の中にたまってしまってできた腫瘍(嚢腫)」と定義されています。
粉瘤の特徴的な所見として、以下が挙げられます:
- 皮膚の下にできる半球状の硬いしこり
- 中央に「へそ」と呼ばれる黒い点状の開口部
- 強く圧迫すると臭いのある粘稠な内容物が出ることがある
- 時間とともに徐々に大きくなる傾向
粉瘤ができやすい部位
粉瘤は身体のどこにでもできる可能性がありますが、特に以下の部位に多く見られます:
- 顔(特に頬や額)
- 首
- 背中
- 耳の後ろ
- 胸部
- 臀部
なぜ手術が必要なのか
粉瘤は良性腫瘍であるため、症状がなければ必ずしも治療が必要というわけではありません。しかし、以下のような場合には手術による摘出が推奨されます:
- 継続的な増大:放置すると徐々に大きくなる
- 炎症のリスク:細菌感染により炎症性粉瘤となる可能性
- 美容上の問題:見た目が気になる場合
- 日常生活への支障:衣服との摩擦や圧迫による不快感
粉瘤手術の「失敗」とは何を指すのか
粉瘤手術における「失敗」という表現は、医学的には明確に定義されていませんが、一般的に以下のような状態を指すことが多いです。
1. 手術の不完全性による再発
最も多い「失敗」の形態は、粉瘤の袋(嚢胞壁)の取り残しによる再発です。粉瘤の根本的な治療には、内容物を除去するだけでなく、袋そのものを完全に摘出することが必要です。袋の一部でも残っていれば、そこから再び粉瘤が形成される可能性があります。
2. 術後合併症の発生
手術後に起こりうる合併症には以下があります:
- 感染:創部の細菌感染
- 出血・血腫:止血不良による血液の貯留
- 創部離開:縫合部が開いてしまうこと
- 瘢痕形成:予想以上に目立つ傷跡の残存
- 神経損傷:まれに周囲神経の損傷
3. 美容的な満足度の低さ
手術が技術的には成功していても、患者様が期待していた美容的な結果が得られない場合も、主観的な「失敗」と捉えられることがあります。
粉瘤手術失敗の主な原因と要因
1. 炎症性粉瘤に対する不適切な手術タイミング
炎症を起こした粉瘤(炎症性粉瘤)に対して、適切でないタイミングで手術を行うことは失敗のリスクを高める最も重要な要因の一つです。
炎症性粉瘤の特徴:
- 患部の赤み、腫れ、熱感
- 強い痛み
- 膿の形成
- 周囲組織との癒着の増強
炎症が強い状態では、正常組織と粉瘤の境界が不明瞭になり、袋を完全に摘出することが困難となります。また、感染が存在する状況での縫合は創部離開や感染の拡大リスクを伴います。
対処法: 日本皮膚科学会のガイドラインでは、炎症性粉瘤に対しては、まず切開排膿により炎症を軽減させ、炎症が完全に消退してから数ヶ月後に根治的な摘出術を行うことが推奨されています。これは「二期的手術」と呼ばれる方法で、確実性の高い治療法とされています。
2. 手術手技の問題
不適切な切開線の設定: 粉瘤の「へそ」を含まない切開や、粉瘤の大きさに対して不十分な切開範囲は、袋の取り残しの原因となります。
剥離技術の不足: 粉瘤と周囲組織の剥離は、袋を破らずに行う必要があります。無理な剥離により袋が破損すると、内容物が周囲に散らばり、完全な摘出が困難となります。
止血の不備: 不十分な止血は術後出血や血腫の原因となり、感染リスクの増加や治癒の遅延を招きます。
3. 手術方法の選択の誤り
粉瘤の手術方法には主に「くり抜き法」と「切開法」がありますが、適応を誤ると失敗のリスクが高まります。
くり抜き法の限界:
- 大きな粉瘤(一般的に2cm以上)での完全摘出の困難
- 炎症の既往がある粉瘤での癒着による摘出困難
- 深部にある粉瘤での適応外
切開法の問題:
- 過度に大きな切開による美容的な問題
- 不適切な切開方向による機能的な問題
4. 術前診断の不備
粉瘤と類似した他の疾患との鑑別不足は、不適切な治療につながります。
鑑別すべき疾患:
- 脂肪腫
- 石灰化上皮腫
- 皮様嚢腫
- リンパ節腫脹
- 悪性腫瘍(まれ)
5. 患者背景の考慮不足
患者の体質的要因:
- ケロイド体質
- 糖尿病などの創傷治癒を妨げる疾患
- 免疫抑制状態
- 血液凝固異常
生活習慣の影響:
- 喫煙:創傷治癒の遅延
- 不衛生な環境:感染リスクの増大
再発について詳しく解説
再発の定義と頻度
粉瘤手術後の再発とは、同じ部位または近接部位に再び粉瘤が出現することを指します。文献によると、適切に行われた切開法での再発率は5%以下とされていますが、くり抜き法では手技や適応によって再発率にばらつきがあります。
再発の原因
1. 袋(嚢胞壁)の取り残し 最も多い再発の原因です。粉瘤の袋の一部でも残存していれば、そこから再び嚢胞が形成されます。
2. 不完全な「へそ」の処理 粉瘤の「へそ」は皮膚表面との交通路であり、この部分を完全に切除しないと再発の原因となります。
3. 多発性粉瘤の見落とし まれに、一つの粉瘤と思われたものが実際は複数の小さな粉瘤の集合体であることがあります。
4. 新規発生との混同 術後に別の原因で新たに粉瘤ができた場合も、再発と誤解されることがあります。
再発までの期間
再発までの期間は様々で、数ヶ月から数年、時には10年以上経ってから再発することもあります。早期の再発(6ヶ月以内)は主に袋の取り残しが原因であることが多く、晩期の再発は新規発生の可能性も考慮する必要があります。
再発の予防
手術手技の向上:
- 適切な切開範囲の設定
- 丁寧な剥離技術
- へそを含む完全な摘出
術後管理の徹底:
- 適切な創部ケア
- 感染予防
- 定期的な経過観察
手術合併症について
感染
発生頻度:1-3%程度 危険因子:
- 糖尿病
- 免疫抑制状態
- 不適切な術後ケア
- 既存の炎症性粉瘤
症状:
- 創部の発赤、腫脹
- 疼痛の増強
- 発熱
- 膿性分泌物
対処法:
- 抗生物質の投与
- 切開排膿
- 創部洗浄
出血・血腫
発生頻度:1-2%程度 危険因子:
- 血液凝固異常
- 抗凝固薬の服用
- 高血圧
- 術後の過度な活動
症状:
- 創部の腫脹
- 疼痛
- 皮下の血液貯留
対処法:
- 圧迫止血
- 血腫除去
- 再縫合
瘢痕形成
発生頻度:個人差が大きい 危険因子:
- ケロイド体質
- 炎症性粉瘤の既往
- 不適切な創部管理
- 感染の合併
予防法:
- 適切な切開線の選択
- 張力のない縫合
- 術後のシリコンゲルシートの使用
神経損傷
発生頻度:極めてまれ(0.1%未満) 危険因子:
- 神経走行部位の粉瘤
- 深部への不適切な剥離
- 解剖学的知識の不足
症状:
- 感覚鈍麻
- 運動麻痺(まれ)
手術方法による違いと失敗リスク
くり抜き法(へそ抜き法)
方法: 直径4-6mm程度のトレパン(円筒状のメス)を用いて、粉瘤の「へそ」を中心に皮膚に小さな穴を開け、そこから内容物を絞り出し、袋を摘出する方法です。
利点:
- 傷が小さい
- 手術時間が短い
- 縫合が不要な場合が多い
- 日常生活への影響が少ない
欠点・失敗リスク:
- 大きな粉瘤では完全摘出が困難
- 炎症性粉瘤や癒着の強い粉瘤には不適
- 視野が限られるため袋の取り残しリスクが高い
- 深部の重要構造物を損傷するリスク
適応:
- 直径2cm以下の非炎症性粉瘤
- 皮膚の薄い部位
- 癒着の少ない粉瘤
切開法(従来法)
方法: 粉瘤の長軸方向に紡錘形または楕円形の切開を行い、粉瘤を袋ごと完全に摘出し、縫合により創部を閉鎖する方法です。
利点:
- 完全摘出が可能
- 再発率が低い
- あらゆるサイズの粉瘤に対応
- 炎症性粉瘤にも適応可能
- 直視下での安全な手術
欠点・失敗リスク:
- 傷が大きくなる
- 縫合が必要
- 手術時間がやや長い
- 抜糸が必要
適応:
- 大きな粉瘤(直径2cm以上)
- 炎症の既往がある粉瘤
- 癒着の強い粉瘤
- 確実な摘出を要する場合
手術方法選択の重要性
適切な手術方法の選択は失敗リスクの軽減において極めて重要です。無理にくり抜き法を適用して不完全摘出となるより、確実性の高い切開法を選択する方が長期的に患者様のメリットは大きいといえます。
失敗を防ぐための対策
1. 適切な術前評価
病歴聴取:
- 粉瘤の発症時期
- 増大の経過
- 炎症の既往
- 過去の治療歴
身体所見:
- 大きさ、形状、硬さ
- 皮膚との癒着の程度
- へその存在確認
- 炎症所見の有無
画像検査:
- 超音波検査:深さや内部構造の評価
- MRI:深部や大きな粉瘤の評価
2. 適切な手術タイミングの選択
非炎症性粉瘤: 可能な限り早期の手術が推奨されます。大きくなるほど手術の侵襲性が増し、美容的な結果も劣る傾向があります。
炎症性粉瘤: 急性期は切開排膿による対症療法を行い、炎症完全消退後(通常2-3ヶ月後)に根治手術を実施します。
3. 適切な手術方法の選択
粉瘤の大きさ、部位、炎症の有無、患者様の希望などを総合的に判断して最適な手術方法を選択します。
4. 丁寧な手術手技
切開:
- へそを含む適切な切開線の設定
- 十分な切開範囲の確保
剥離:
- 袋を破らないような愛護的な剥離
- 完全な嚢胞壁の確認
止血:
- 電気凝固による確実な止血
- 血腫予防
縫合:
- 張力のない確実な縫合
- 美容的な配慮
5. 適切な術後管理
創部ケア:
- 適切な創部保護
- 感染予防
- 定期的な創部チェック
患者指導:
- 術後の注意事項
- 異常所見の早期発見
- 適切な受診タイミング
炎症性粉瘤の特別な考慮事項
炎症性粉瘤は粉瘤手術において最も注意を要する病態です。炎症により粉瘤の袋と周囲組織の癒着が強くなり、正常な組織との境界が不明瞭になります。
炎症性粉瘤の手術における問題点
1. 解剖学的構造の不明瞭化 炎症により正常組織と病変組織の境界が曖昧になり、袋の完全摘出が困難となります。
2. 出血量の増加 炎症により血管が新生され、術中出血が増加します。
3. 感染リスクの上昇 既に感染している組織での手術は、術後感染のリスクを高めます。
4. 治癒の遅延 炎症性組織では創傷治癒が遅延し、合併症のリスクが高まります。
炎症性粉瘤の適切な治療アプローチ
二期的手術の原則:
- 第一期:切開排膿による急性炎症の軽減
- 待機期間:炎症の完全消退を待つ(通常2-3ヶ月)
- 第二期:根治的摘出術の実施
この方法により、炎症のない状態で確実な手術を行うことができ、失敗リスクを大幅に軽減できます。

クリニック・医師選びのポイント
粉瘤手術の成功率を高めるためには、適切なクリニックと医師の選択が重要です。
1. 専門性の確認
皮膚科専門医または形成外科専門医 日本皮膚科学会認定皮膚科専門医や日本形成外科学会認定形成外科専門医の資格を持つ医師による治療を推奨します。
粉瘤治療の経験 豊富な粉瘤手術の経験を持つ医師・施設を選択することが重要です。
2. 設備・環境の確認
手術環境 清潔で適切な手術環境が整備されているかを確認しましょう。
緊急時対応 術後合併症が生じた際の適切な対応体制があるかも重要な要素です。
3. インフォームドコンセントの徹底
リスクの説明 手術のリスクや合併症について詳細な説明があるクリニックを選びましょう。
治療選択肢の提示 複数の治療方法について適切な説明と選択肢の提示があることが重要です。
4. 術後フォローアップ体制
定期的な経過観察 術後の経過を適切に観察し、問題があれば迅速に対応できる体制が整っているかを確認しましょう。
患者様ができる失敗リスクの軽減策
術前の準備
1. 十分な情報収集 手術について十分に理解し、疑問点は事前に質問しましょう。
2. 健康状態の最適化 糖尿病などの基礎疾患がある場合は、術前に十分にコントロールしておきます。
3. 薬剤の調整 血液をサラサラにする薬などを服用している場合は、事前に主治医と相談しましょう。
術後の注意事項
1. 創部の管理 医師の指示に従った適切な創部ケアを行います。
2. 活動制限の遵守 術後の運動制限や生活上の注意事項を守ります。
3. 定期受診 指定された日に必ず受診し、経過を確認してもらいます。
4. 異常の早期発見 以下のような症状があれば速やかに受診しましょう:
- 発熱
- 創部の強い痛み
- 膿性分泌物
- 創部の異常な腫れ
粉瘤手術失敗後の対処法
万が一、粉瘤手術が思うような結果にならなかった場合の対処法について説明します。
再発の場合
1. 再評価 本当に再発なのか、新規発生なのかを適切に評価します。
2. 再手術の検討 再発の原因を分析し、適切な手術方法を選択して再手術を行います。
3. より確実な方法の選択 初回手術でくり抜き法を選択していた場合は、切開法での再手術を検討します。
合併症の場合
1. 感染 適切な抗生物質治療と創部管理を行います。
2. 瘢痕 瘢痕の状態に応じて、ステロイド注射、レーザー治療、瘢痕修正術などを検討します。
3. その他の合併症 各合併症に応じた適切な治療を行います。
セカンドオピニオンの検討
治療結果に満足できない場合や、治療方針に疑問がある場合は、他の専門医によるセカンドオピニオンを求めることも重要です。
粉瘤手術の費用と保険適用
保険適用について
粉瘤の手術は健康保険の適用となります。診察、検査、手術、病理検査まですべて保険診療として行われます。
費用の目安
3割負担の場合:
- 小さな粉瘤(直径2cm未満):約4,000-6,000円
- 大きな粉瘤(直径2cm以上):約10,000-15,000円
※上記は手術費用の目安であり、診察料や処方料などは別途必要です。
まとめ
粉瘤手術は適切に行われれば安全で確実な治療法です。しかし、以下の要因により「失敗」と呼ばれる状況が生じる可能性があります:
主な失敗要因:
- 炎症性粉瘤に対する不適切な手術タイミング
- 不適切な手術方法の選択
- 手術手技の問題
- 術前評価の不足
- 術後管理の不備
失敗を防ぐための重要ポイント:
- 専門医による適切な診断と治療
- 粉瘤の状態に応じた適切な手術方法の選択
- 炎症性粉瘤では二期的手術の原則を守る
- 十分なインフォームドコンセント
- 適切な術後管理とフォローアップ
患者様におかれましては、粉瘤を発見したら早期に皮膚科や形成外科の専門医を受診し、適切な診断と治療を受けることをお勧めします。また、炎症を起こしてからの治療は困難になるため、症状のないうちに相談されることが望ましいでしょう。
アイシークリニック東京院では、豊富な経験を持つ専門医が患者様一人ひとりの状態に最適な治療法を提案し、安全で確実な粉瘤治療を提供しております。粉瘤でお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
参考文献
- 日本皮膚科学会:アテローム(粉瘤)Q&A https://www.dermatol.or.jp/qa/qa17/
- 兵庫医科大学病院:粉瘤(ふんりゅう)|みんなの医療ガイド https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/195
- 日本形成外科学会:粉瘤(アテローム・表皮嚢腫) https://jsprs.or.jp/general/disease/shuyo/hifu_hika/funryu.html
- 新澤みどり:粉瘤の小切開摘出術としての口唇形切開法の試み.日本臨床皮膚科医会雑誌 36(5),2019,612-620
- 上田敏生:皮膚外科手技の実際 表皮嚢腫摘出術の工夫.皮膚科の臨床 45(8),2003,1135-1139
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務