突然の嘔吐や下痢は、日常生活に大きな支障をきたす辛い症状です。「熱がないから大したことはない」と思いがちですが、大人が嘔吐や下痢を起こす原因は多岐にわたり、中には適切な対処が必要なケースもあります。本記事では、大人が熱を伴わない嘔吐・下痢を起こす原因や、自宅でできる対処法、医療機関を受診すべきタイミングについて詳しく解説します。症状でお悩みの方はぜひ参考にしてください。

目次
- 熱がない嘔吐・下痢の特徴
- 考えられる主な原因
- ウイルス性胃腸炎(感染性胃腸炎)
- 細菌性胃腸炎・食中毒
- 過敏性腸症候群(IBS)
- ストレス性の消化器症状
- 薬剤の副作用
- その他の原因
- ウイルス性胃腸炎について詳しく知る
- ノロウイルス感染症の特徴
- ロタウイルス感染症について
- 感染経路と予防法
- 食中毒について詳しく知る
- 細菌性食中毒の種類と特徴
- 潜伏期間と症状の違い
- 過敏性腸症候群(IBS)について
- 症状の特徴と分類
- 原因とメカニズム
- 自宅でできる対処法
- 水分補給の重要性
- 経口補水液の正しい飲み方
- 食事の工夫
- 安静にする
- 医療機関を受診すべきタイミング
- すぐに受診が必要な症状
- 様子を見てもよい場合
- 治療について
- 対症療法が基本
- 薬物療法
- 二次感染を防ぐために
- 家庭内での感染予防
- 嘔吐物・排泄物の処理方法
- 予防のために日頃から気をつけること
- まとめ
- 参考文献
1. 熱がない嘔吐・下痢の特徴
大人が嘔吐や下痢の症状を呈する場合、必ずしも発熱を伴うわけではありません。むしろ、発熱がないか軽度にとどまるケースは珍しくありません。
たとえば、ウイルス性胃腸炎の代表格であるノロウイルス感染症では、主な症状は吐き気、嘔吐、下痢、腹痛であり、発熱は軽度(37℃〜38℃程度)か、まったく発熱しないこともあります。また、大人の場合は子どもと比較して嘔吐の症状が出にくい傾向があり、下痢が主症状となることも多いとされています。
「熱がないから胃腸炎ではない」と自己判断するのは危険です。発熱の有無だけで原因を特定することはできませんし、熱がなくても脱水症状などの合併症を起こす可能性があります。症状の経過や程度をしっかり観察し、適切な対処を行うことが大切です。
2. 考えられる主な原因
熱を伴わない嘔吐・下痢を引き起こす原因として、以下のようなものが考えられます。
ウイルス性胃腸炎(感染性胃腸炎)
ウイルス性胃腸炎は、ノロウイルスやロタウイルス、アデノウイルスなどのウイルスが胃腸に感染することで起こる病気です。「おなかの風邪」や「嘔吐下痢症」とも呼ばれ、秋から冬にかけて流行のピークを迎えます。
発熱は軽度であることが多く、「熱がないのに嘔吐や下痢が続く」という状態になりやすいのが特徴です。感染力が非常に強く、わずか10〜100個程度のウイルスでも感染・発症することがあります。
細菌性胃腸炎・食中毒
サルモネラ菌、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌などの細菌やその毒素によって引き起こされる胃腸炎です。夏場に多い傾向がありますが、年間を通じて発生します。
細菌の種類によって発熱を伴うものとそうでないものがあります。たとえば、黄色ブドウ球菌による食中毒は潜伏期間が1〜5時間と短く、嘔吐や悪心が主症状で、発熱はほとんど伴いません。一方、サルモネラ菌やカンピロバクターによる食中毒は発熱を伴うことが多いですが、個人差があります。
過敏性腸症候群(IBS)
過敏性腸症候群は、大腸内視鏡検査などで腸に目に見える異常が見つからないにもかかわらず、慢性的に腹痛や下痢、便秘などの症状が続く病気です。日本における有病率は10〜20%と報告されており、決して珍しい病気ではありません。
ストレスや緊張、不安などの精神的要因や自律神経の乱れが関係していると考えられています。症状は「下痢型」「便秘型」「混合型」に分類され、特に下痢型では突然の腹痛と下痢を繰り返すことがあります。発熱は通常伴いません。
ストレス性の消化器症状
強いストレスや過度の緊張は、自律神経を介して胃腸の働きに影響を与えます。その結果、吐き気や嘔吐、下痢といった消化器症状を引き起こすことがあります。試験や重要な会議の前に腹痛や下痢を起こしやすい人は、このタイプに該当する可能性があります。
薬剤の副作用
抗生物質や解熱鎮痛剤、降圧薬など、さまざまな薬剤が副作用として消化器症状を引き起こすことがあります。特に抗生物質は腸内細菌叢のバランスを崩すため、下痢を起こしやすくなります。新しい薬を飲み始めてから症状が出始めた場合は、薬剤の副作用を疑う必要があります。
その他の原因
そのほかにも、暴飲暴食、アルコールの過剰摂取、食物アレルギー、乳糖不耐症、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)、甲状腺機能異常、膵臓疾患など、さまざまな原因が考えられます。症状が長引く場合や重症化する場合は、専門的な検査が必要になることもあります。
3. ウイルス性胃腸炎について詳しく知る
ノロウイルス感染症の特徴
ノロウイルスは、感染性胃腸炎の原因として最も多いウイルスです。厚生労働省の統計によると、食中毒の患者数ではノロウイルスが最も多く、年間を通じて発生しますが、特に11月頃から増加し、12月〜翌年1月にピークを迎えます。
潜伏期間(感染から発症までの時間)は24〜48時間です。主な症状は吐き気、嘔吐、下痢、腹痛であり、発熱は軽度です。大人では吐き気や腹部膨満感といった症状が強く出る傾向があります。
症状は通常1〜2日続いた後に治癒し、後遺症は残りません。また、感染しても発症しない場合(不顕性感染)や、軽い風邪のような症状で済む場合もあります。ただし、症状がなくても便中にはウイルスが排出されているため、周囲への感染源となる可能性があることに注意が必要です。
特に注意が必要なのは、乳幼児や高齢者、基礎疾患のある方です。これらの方は脱水症状を起こしやすく、重症化するリスクがあります。また、高齢者では嘔吐物が気管に入って誤嚥性肺炎を起こしたり、気道に詰まって窒息することもあるため、注意が必要です。
症状が治まった後も、1週間から長い場合は1か月程度、便の中にウイルスが排出され続けることがあります。この期間中も手洗いなどの感染予防対策を徹底することが重要です。
ロタウイルス感染症について
ロタウイルスは主に乳幼児に多くみられるウイルス性胃腸炎の原因ですが、大人でも感染することがあります。特に小さな子どもと接する機会の多い保護者や医療従事者、保育士などは感染のリスクがあります。
大人の場合、症状は軽いことが多いですが、嘔吐、下痢、腹痛、倦怠感などが現れることがあります。発熱は必ずしも伴いません。便が白っぽくなるのがロタウイルス感染症の特徴の一つです。
感染経路と予防法
ウイルス性胃腸炎の主な感染経路は以下のとおりです。
経口感染として、ノロウイルスに汚染された食品(特に二枚貝)を生または加熱不十分な状態で食べることで感染します。また、感染者の糞便や嘔吐物に触れた手で食品を扱うことによる二次汚染も重要な感染経路です。
接触感染として、感染者の糞便や嘔吐物に触れた後、十分に手を洗わずに口に触れることで感染します。ドアノブや水道の蛇口、トイレの便座などを介して広がることもあります。
飛沫感染や空気感染として、嘔吐物が乾燥すると、ウイルスを含む粒子が空気中に舞い上がり、それを吸い込むことで感染することがあります。
予防のためには、以下の点に注意することが重要です。
まず、石けんを使った丁寧な手洗いを徹底することです。特にトイレの後、調理の前、食事の前は必ず手を洗いましょう。指先や指の間、爪の間、親指の周り、手首なども忘れずに洗うことが大切です。なお、アルコール消毒はノロウイルスに対しては効果が低いため、必ず石けんによる手洗いを行いましょう。
次に、食品は十分に加熱することです。ノロウイルスの感染力は、中心温度85〜90℃で90秒以上の加熱により失われます。特に二枚貝は中心部までしっかり火を通すことが重要です。
また、調理器具の消毒も大切です。まな板や包丁、ふきんなどは使用後に熱湯消毒するか、塩素系消毒剤で消毒しましょう。
4. 食中毒について詳しく知る
細菌性食中毒の種類と特徴
食中毒の原因となる細菌にはさまざまな種類があり、それぞれ特徴が異なります。主な細菌性食中毒の特徴を以下にまとめます。
サルモネラ菌は、鶏卵や食肉類が原因となることが多い食中毒です。潜伏期間は8〜48時間で、激しい腹痛や下痢、発熱(38〜40℃)を起こします。熱を伴うことが多いですが、個人差があります。
カンピロバクターは、鶏肉が原因となることが多く、潜伏期間は1〜7日と比較的長いのが特徴です。腹痛、下痢、発熱、吐き気などの症状が現れます。少量の菌でも感染するため、注意が必要です。
腸炎ビブリオは、海水中に生息する菌で、夏場に沿岸で獲れた魚介類の刺身や加工品が原因となります。潜伏期間は8〜24時間で、激しい腹痛、水様性の下痢、発熱(37〜38℃)、吐き気、嘔吐などの症状が現れます。
黄色ブドウ球菌は、人の皮膚や鼻腔に常在している菌です。傷のある手で調理した食品などが原因となります。潜伏期間は1〜5時間と非常に短く、嘔吐や悪心が主症状で、発熱はほとんど伴いません。菌が産生する毒素は熱に強いため、加熱しても毒素は壊れないことが特徴です。
腸管出血性大腸菌(O157など)は、牛肉や牛レバーなどが原因となることがあります。潜伏期間は3〜8日で、発熱、腹痛、下痢(水様便から血便へ)が現れます。重症化すると溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症などの合併症を引き起こし、命に関わることもあるため、特に注意が必要です。
ウェルシュ菌は、大量調理された食品(カレーやシチューなど)を室温で長時間放置した場合に発生しやすい食中毒です。潜伏期間は6〜18時間で、腹痛と下痢が主症状です。発熱はほとんど伴わず、症状は比較的軽いことが多いです。
セレウス菌は、チャーハンや焼きそばなど、加熱調理後に室温で放置した穀類製品が原因となることがあります。嘔吐型と下痢型があり、嘔吐型の潜伏期間は1〜5時間、下痢型は8〜15時間です。
潜伏期間と症状の違い
食中毒を疑う際に重要なのが、症状が出るまでの時間(潜伏期間)です。原因となる細菌やウイルスによって潜伏期間は大きく異なります。
食事をしてから数時間で症状が出た場合は、黄色ブドウ球菌やセレウス菌(嘔吐型)による食中毒の可能性が高いと考えられます。これらは菌が産生した毒素が原因で症状が出るため、潜伏期間が短いのが特徴です。
半日〜1日後に症状が出た場合は、ノロウイルスやウェルシュ菌、腸炎ビブリオなどが考えられます。
数日後に症状が出た場合は、カンピロバクターや腸管出血性大腸菌などが考えられます。これらは潜伏期間が長いため、何日も前に食べたものが原因となることがあり、原因食品の特定が難しいことがあります。
5. 過敏性腸症候群(IBS)について
症状の特徴と分類
過敏性腸症候群は、腸にポリープや炎症などの器質的な異常がないにもかかわらず、腹痛を伴う下痢や便秘などが慢性的に続く病気です。排便をすると症状が軽減する傾向があり、ストレスや緊張によって症状が悪化することが特徴です。
日本消化器病学会によると、日本における有病率は10〜20%と報告されており、20〜40歳代に多く発症します。男性は下痢型が多く、女性は便秘型や混合型が多い傾向があります。
過敏性腸症候群は症状のパターンによって以下のように分類されます。
下痢型は、激しい腹痛とともに水っぽい便が出る下痢が1日に何度も起こるタイプです。通勤や通学中に突然便意を催すことがあり、電車に乗るのが不安になるなど、日常生活に支障をきたすことがあります。
便秘型は、排便時に腹痛が起こり、強くいきまないと便が出なかったり、コロコロとした硬い便しか出なかったりするタイプです。残便感に悩まされることもあります。
混合型は、下痢と便秘を交互に繰り返すタイプです。便の状態が日によって変わり、排便のパターンが不安定なのが特徴です。
ガス型は、お腹が張る、頻繁におならが出るなどの症状が特徴です。人が多い場所でおならが漏れるのではないかという不安から、外出を避けるようになることもあります。
原因とメカニズム
過敏性腸症候群の明確な原因は解明されていませんが、以下のような要因が関与していると考えられています。
脳腸相関の異常として、腸には多くの神経細胞があり、自律神経を介して脳と密接につながっています。脳がストレスを感じると、その信号が腸に伝わり、腸の蠕動運動に異常が生じて下痢や便秘などの症状が現れます。また、腸の感覚が過敏になることで、通常は感じないような腸の動きでも痛みとして感じてしまうことがあります。
腸内細菌叢の乱れとして、腸内の善玉菌と悪玉菌のバランスが崩れることが、症状の悪化に関与している可能性があります。
感染後の発症として、急性の感染性腸炎にかかった後に、腸が過敏な状態になり、過敏性腸症候群を発症することがあります(感染後過敏性腸症候群)。
食事の影響として、特定の食品が症状を悪化させることがあります。近年では、FODMAP(発酵性の糖類)を多く含む食品が症状を悪化させる可能性が指摘されており、低FODMAP食が治療法の一つとして注目されています。
6. 自宅でできる対処法
水分補給の重要性
嘔吐や下痢が続くと、体内の水分と電解質(ナトリウム、カリウムなど)が急速に失われ、脱水症状を起こす危険があります。脱水症状は軽度であっても体調を悪化させ、重度になると意識障害やけいれん、ショック状態などの深刻な事態を招くことがあります。
脱水症状のサインとしては、口やのどの乾燥、尿量の減少、尿の色が濃くなる、めまいやふらつき、皮膚の張りがなくなる、脱力感、頭痛などがあります。これらの症状が現れたら、積極的に水分補給を行う必要があります。
特に高齢者は体内の水分量がもともと少なく、のどの渇きを感じにくいため、気づかないうちに脱水症状が進行していることがあります。また、嘔吐や下痢をしている場合は、普段よりも意識的に水分を摂取することが重要です。
経口補水液の正しい飲み方
脱水症状の改善や予防には、経口補水液が効果的です。経口補水液は、水、ナトリウム(塩分)、ブドウ糖をバランスよく含んだ飲料で、体液に近い組成になっています。
経口補水液は、小腸でのナトリウムとブドウ糖の共輸送メカニズムを利用しており、水分と電解質を効率的に吸収することができます。このメカニズムは下痢をしていても正常に機能するため、下痢時の水分補給にも適しています。
経口補水液の飲み方のポイントとして、一度に大量に飲むと嘔吐を誘発したり、胃腸に負担をかけたりするため、5〜10分ごとに50〜100mL程度を少量ずつこまめに飲むのが基本です。1日あたりの摂取量の目安は500〜1000mLです。
スポーツドリンクとの違いについても知っておきましょう。スポーツドリンクは口当たりをよくするために糖分が多く、塩分が少ない組成になっています。通常の水分補給にはスポーツドリンクでも構いませんが、下痢や嘔吐による脱水時には、電解質濃度が高い経口補水液のほうが適しています。
経口補水液が手元にない場合は、家庭で作ることもできます。水1リットルに対して食塩3グラム、砂糖20〜40グラムを溶かせば、簡易的な経口補水液ができます。レモンやグレープフルーツの果汁を少量加えると飲みやすくなりますが、入れすぎると吸収が悪くなるため、果物半分程度の量にとどめましょう。手作りの経口補水液はその日のうちに飲み切るようにしてください。
食事の工夫
嘔吐や下痢の症状が強いときは、無理に食事をする必要はありません。まずは胃腸を休めることを優先し、水分補給に専念しましょう。
症状が落ち着いてきて、水分が摂れるようになったら、消化の良いものから少しずつ食べ始めます。おかゆ、うどん、白いパン、バナナ、りんごのすりおろしなどがおすすめです。
避けたほうがよい食品としては、脂っこいもの、香辛料の効いた刺激物、アルコール、カフェイン、炭酸飲料、乳製品(下痢の場合)、食物繊維の多い野菜や豆類などがあります。これらは胃腸に負担をかけたり、症状を悪化させたりする可能性があります。
食事は少量ずつ、回数を分けて摂るようにしましょう。一度に大量に食べると胃腸に負担がかかり、症状が再発する恐れがあります。
安静にする
嘔吐や下痢の症状があるときは、体を休めることが回復への近道です。無理をして仕事や学校に行くと、自分の回復が遅れるだけでなく、周囲への感染を広げてしまう恐れもあります。
横になるときは、嘔吐がある場合は仰向けではなく横向きで寝るようにしましょう。仰向けで寝ると、吐いたものがのどに詰まって窒息する危険があります。
7. 医療機関を受診すべきタイミング
すぐに受診が必要な症状
以下のような症状がある場合は、早急に医療機関を受診してください。場合によっては救急外来の受診も検討が必要です。
脱水症状が強い場合として、水分を摂っても吐いてしまい、ほとんど水分が摂れない状態が続く場合は、点滴による水分補給が必要になることがあります。尿量が極端に減っている、意識がもうろうとしている、ぐったりしているなどの症状がある場合は、すぐに受診してください。
激しい腹痛がある場合として、お腹を触られるのも辛いほどの激しい腹痛がある場合は、虫垂炎や腸閉塞などの緊急性の高い病気の可能性があります。特に腹痛が特定の場所に限局している場合や、どんどん痛みが強くなる場合は注意が必要です。
血便や血の混じった嘔吐がある場合として、便に鮮血が混じっている、黒いタール状の便が出る、吐いたものに血が混じっているなどの症状は、消化管出血のサインである可能性があります。早急に医療機関を受診してください。
高熱がある場合として、38℃以上の高熱が続く場合は、細菌性の胃腸炎や他の感染症の可能性があります。
症状が長引く場合として、下痢が1週間以上続く場合や、症状が良くなったと思ったらまた悪化するなど、一向に改善しない場合は、何か他の病気が隠れている可能性があります。
強い頭痛、めまい、麻痺、しびれがある場合として、これらの神経症状を伴う嘔吐は、脳出血やくも膜下出血などの重篤な疾患のサインである可能性があります。すぐに救急要請を検討してください。
様子を見てもよい場合
以下のような場合は、自宅で様子を見ても構いませんが、症状が悪化したり長引いたりする場合は受診を検討してください。
嘔吐や下痢があっても、経口補水液などの水分は摂取できる場合は、こまめな水分補給を続けながら経過を観察しましょう。通常、ウイルス性胃腸炎であれば1〜2日で症状のピークを過ぎ、数日で回復に向かいます。
腹痛やその他の症状があっても、我慢できる程度で日常生活に大きな支障がない場合は、しばらく様子を見ても構いません。ただし、症状が続く場合は受診をおすすめします。
8. 治療について
対症療法が基本
ウイルス性胃腸炎には特効薬(抗ウイルス薬)がなく、治療は症状を和らげる対症療法が中心となります。基本的には自己の免疫力で回復していくのを待つことになります。
脱水の予防と改善のためには、経口補水液などによる水分補給が最も重要です。経口での水分摂取が困難な場合は、点滴による輸液が行われることがあります。
下痢止め薬については、安易に使用しないことが推奨されています。下痢は体内の病原体や毒素を排出しようとする防御反応でもあるため、無理に止めると回復が遅れる可能性があります。ただし、症状が強く日常生活に支障をきたす場合は、医師の判断で処方されることがあります。
整腸剤(プロバイオティクス)は、腸内環境を整え、症状の改善を助ける効果が期待できます。
吐き気止めは、嘔吐がひどく水分摂取が困難な場合に処方されることがあります。
薬物療法
細菌性の胃腸炎の場合は、原因菌に応じて抗生物質が処方されることがあります。ただし、すべての細菌性胃腸炎に抗生物質が必要なわけではなく、症状の程度や原因菌の種類によって判断されます。
過敏性腸症候群の場合は、症状のタイプに応じた薬物療法が行われます。整腸剤、腸の運動を調整する薬、便の硬さを調整する薬、腹痛を抑える薬などが用いられます。また、ストレスや不安が症状に関係している場合は、抗不安薬や抗うつ薬が処方されることもあります。
9. 二次感染を防ぐために
家庭内での感染予防
ウイルス性胃腸炎は感染力が非常に強いため、家族内での感染拡大を防ぐ対策が重要です。
感染者との接触後や、トイレの後、調理の前、食事の前には、必ず石けんを使って丁寧に手を洗いましょう。ノロウイルスにはアルコール消毒の効果が低いため、流水と石けんによる手洗いが基本です。
感染者と他の家族は、タオルや食器を共用しないようにしましょう。
感染者がトイレを使用した後は、便座やドアノブ、水道の蛇口などを塩素系消毒剤で消毒することが推奨されます。
感染者がいる間は、浴槽でのお風呂は避け、シャワーで済ませるか、感染者は最後に入浴するようにしましょう。入浴前にはお尻をよく洗ってから浴槽に入りましょう。
感染者の衣類や寝具は、他の洗濯物とは分けて洗濯しましょう。嘔吐物などで汚れた場合は、85℃以上の熱湯で1分以上の加熱や塩素系消毒剤による消毒が効果的です。
嘔吐物・排泄物の処理方法
感染者の嘔吐物や排泄物には大量のウイルスが含まれているため、適切に処理することが重要です。
処理の際は使い捨てのマスクと手袋を着用し、直接触れないようにしましょう。
嘔吐物はすぐに拭き取ります。ペーパータオルや古い布などで静かに覆い、外側から内側に向かって拭き取ることで、ウイルスの飛散を防ぎます。
拭き取った後の床や周囲は、塩素系消毒剤(塩素濃度約1000ppm、家庭用塩素系漂白剤を約50倍に薄めたもの)で消毒します。塩素系消毒剤は金属を腐食させるため、ドアノブなどは消毒後に水拭きしましょう。
処理に使用した道具や手袋はビニール袋に密封して廃棄します。袋の中に塩素系消毒剤を入れておくとより安全です。
処理後は石けんを使って丁寧に手を洗いましょう。
乾燥した嘔吐物からウイルスが空気中に舞い上がることがあるため、処理は速やかに行い、処理中は換気を十分に行いましょう。
10. 予防のために日頃から気をつけること
嘔吐・下痢を予防するために、日常生活で以下の点に気をつけましょう。
手洗いの習慣化として、外出先から帰宅したとき、トイレの後、調理の前後、食事の前には必ず手を洗う習慣をつけましょう。石けんを使い、指の間や爪の間まで丁寧に洗うことが大切です。
食品の適切な取り扱いとして、肉や魚介類は中心部まで十分に加熱してから食べましょう。特に二枚貝は中心温度85〜90℃で90秒以上の加熱が推奨されています。また、生の肉や魚を扱った調理器具は、他の食品に使う前によく洗い、消毒しましょう。
食品の衛生管理として、食品は適切な温度で保存し、消費期限や賞味期限を守りましょう。調理した食品は室温で長時間放置せず、早めに食べるか冷蔵保存しましょう。
規則正しい生活として、睡眠不足やストレスは免疫力を低下させ、感染症にかかりやすくなります。十分な睡眠をとり、バランスの良い食事を心がけ、適度な運動を取り入れることで、体の抵抗力を高めましょう。
ストレス管理として、過敏性腸症候群などストレスが関係する消化器症状を予防するためには、ストレスをため込まないことが大切です。趣味の時間を作る、適度に運動する、リラックスできる環境を整えるなど、自分なりのストレス解消法を見つけましょう。

11. まとめ
大人が熱を伴わずに嘔吐や下痢を起こす原因には、ウイルス性胃腸炎、細菌性胃腸炎(食中毒)、過敏性腸症候群、ストレス、薬剤の副作用など、さまざまなものがあります。
多くの場合は数日で自然に回復しますが、水分が摂れない状態が続く場合、激しい腹痛や血便がある場合、症状が長引く場合などは、早めに医療機関を受診することが大切です。
自宅での対処としては、経口補水液などによる水分補給を最優先し、胃腸を休めながら回復を待ちましょう。また、ウイルス性胃腸炎は感染力が強いため、家族や周囲への感染を防ぐための対策も重要です。
12. 参考文献
- ノロウイルスに関するQ&A|厚生労働省
- ノロウイルスに要注意!感染経路と予防方法は?|政府広報オンライン
- 食中毒になるとしたら、何時間後くらいに具合が悪くなるのですか?【食品安全FAQ】|東京都保健医療局
- 感染性胃腸炎(ウイルス性胃腸炎を中心に)|東京都感染症情報センター
- 感染性胃腸炎とは ノロウイルスを中心に|福岡県庁
- 感染性胃腸炎(ノロウイルスなど)|横浜市
- 過敏性腸症候群について|日本大腸肛門病学会
- 過敏性腸症候群(IBS)|MSDマニュアル家庭版
- 過敏性腸症候群(IBS)|オリンパス おなかの健康ドットコム
- 脱水症になってしまったら経口補水液を摂取|大塚製薬工場
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務